10月13日(土)。昨日の宴の後は、そのまま旧三之助旅館(現在はマルセイの小山祥子さんのご実家、塚田家と小山夫妻の住居になっている)に泊めて頂き、朝から祥子さんと広間の後片付けをしていたら、協議会メンバーの社会福祉協議会の石黒さんが顔を出してくれました。「後片付けの手伝いが必要かと思って」。その心遣いに感激し、とりあえず一緒に朝ご飯を食べようと、階下の台所へ。
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イカ25ハイの迫力 |
台所では、塚田家にご親族の来客があるとのことで、母、雅子さんは、昨日の「鮭汁」に引き続き「キンキン(キチジ)の三平汁」の準備を始めています。そこへ、
もと魚の仲買人の父、吉隆さんが発泡スチロールの大きな箱を抱えて現われました。「イカ買ってきたぞ」。
漁協は旅館の向かい。まさに先ほど、この台所から
100mのところで水揚げされ、魚の目利きが、大事なお客さんに食べさせたいと買ってきたイカです。これほど間違いのないイカはないでしょう。「イカ刺し食
べるかい?」という、雅子さんの声に、一同、声を揃えて「食べます!」。
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箸が透ける透明感 |
大根おろしと土佐醤油で頂くイカ刺しは、これまで私が食べたことのある、イカ刺しとは全く異なるものでした。新鮮なので、むしろ甘みは少ないのですが、その分、食感が違います。ものすごいコリコリ感。鮮度がいいイカは耳も刺身にします。耳はさらに強烈な歯ごたえです。耳こそがイカ刺し、という人もいるそう。その食感そのものが美味なのです。浦河でイカが一番美味しいのは7〜8月だそうなのですが、祥子さん曰く「今年食べたなかで一番」というイカ刺しを、滑り込みで頂くことができました。朝から駆けつけてくださった石黒さんにも、思わぬご褒美となりました。いいことをするといいことがありますね。
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コリコリのイカの耳 |
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以前から、雅子さんのイカ刺しは絶品と聞いていたものの、正直、刺身の味の違いって、鮮度以外に何があるんだろう、と思っていました。しかし、台所をのぞくと、やはり普通じゃないところが見えてきます。雅子さんのイカ刺しは、なんと1パイに180回も包丁が入ります(私のために数えてくれた)。醤油を含みにくい、新鮮なイカは、薄く切ることで、おろし醤油とのバランスが釣り合うということでしょうか。さらに、切られるのを待っている間に白くなっていく(鮮度が落ちていく)イカは、そもそも刺身にはしないというのです。なんという贅沢なイカ刺し。
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美しく分解されたイカの図 |
その後は、こんな機会はめったにないと、25ハイのイカをさばく、雅子さんに張り付き、写真と映像で記録していきました。詳細は、また別の形でまとめる予定なので、ここでは気付いたことを。ひとつめ、とにかく仕事が早い。私が1つ処理している間に、雅子さんは4つぐらい終えています。もちろん、これまでこの台所で数えきれないイカをさばいてきた経験からくるものなのでしょうが、同時にそれは、素材の鮮度を下げないために必要な条件でもあります。私がもたもたと触っていたイカはすぐに白く、ふにゃふにゃになってしまいます。ふたつめ、仕事がきれい。次の作業がしやすいように、さばいていくパーツが、決まった場所に決まった向きで、置かれていきます。私が、イカをさばいた時のまな板とは似ても似つかない美しさです。
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外身と中身をあわせるとさらに美味しくなる不思議 |
雅子さんと台所にいると、役得もたくさんあります。「宜子さん、ワタで食べてみるかい?」と、新鮮なワタを醤油で溶いて、あのイカ刺しを。 生臭みは一切なく、ただただ濃厚なイカのワタがからまる、コリコリのイカ刺し。思わず恍惚としてしまいます。三平汁のために用意していたキンキンも、「これは新鮮だから生でもいけるよ」と、刺身に。脂がたっぷりのったキンキンは、イカとはまた別の美味しさです。
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この樽の山の迫力! |
台所仕事が一段落した後、雅子さんと旅館に隣接する元加工場へ。そこには、かつては米を8升(80合!)炊くほどの量を漬けてきたという飯寿司(いずし)の桶と重りの山が。雅子さんが漬ける飯寿司もまた、絶品との噂。毎年、多くの人が楽しみに待っているそうです。飯寿司を漬けるのは、この桶の大きさとその数から見てわかるように、ものすごい大仕事。しかし、雅子さんも、手伝ってもらっていた人たちも、だんだん高齢化し、今年は最小限しか漬けられない、と。ここ数年、この味を引き継ぎたいと、マルセイの小山直さんの妹さんが、雅子さんに教えてもらいながら飯寿司を漬けてみたそうですが、途中で樽を自宅に移動すると、うまくいかないといいます。おそらく、雅子さんの飯寿司は、雅子さんの仕事であるとともに、この元加工場に住む酵母の仕事ということなのでしょう。
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これも飯寿司にまつわる文化 |
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「柿食べるかい?」と言われて、雅子さんが開けた箱には、飯寿司の樽につまった柿が。漬けあがった樽を各地へ送ると、その樽に必ず何か食べ物が詰められて、次の仕込み時期までに、送り返されてくるというのです。ある人は果物を、ある人は山菜を。それが一番美味しい時期に。ここにも、食べ物のやりとりによる、距離も時間も長いコミュニケーションがありました。町長からも、ぜひ注目して欲しいと言われた飯寿司文化。やはりとても奥深く、また広がりもありそうで、ますます興味がわいてきました。
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台所の精、雅子さん |
私が浦河で注目していきたいことのひとつに「家庭の台所」があります。「食」というと、どうしても専門家による調理や、上手に加工された商品に目が行きがちだけれど、「家庭の台所」には、忘れられたり、消えかけているけれど、価値のある資源が、たくさんあるような気がするのです。特に、これだけ素材が豊かなまちではなおさらです。これからも、可能な限り「家庭の台所」に、お邪魔していきたいと思っています。
そして、夜。昨日の交流会でお会いした浦河町役場の方に「明日『カジカのこっこ(魚卵)』を食べるんだけど、良かったら来ませんか」と声をかけて頂き、二つ返事でお邪魔したのでした。私はてっきり「カジカのこっこ」がお店のメニューででてくるのだとと思っていたのですが、テーブルには1つの瓶が。役場の方がわざわざ自宅で漬けてきたものだったのでした。この時期しか食べられない珍味として、浦河町のPR映像の撮影で大阪から来ているプロデューサーの冨島さん、カメラマンの北村さんに食べてもらおうとつくったものを、せっかくだから、と私にもお裾分けをしてくださったのです。
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安価なため「子どもの(ための)いくら」とも言われる |
「カジカのこっこ」とは、トウベツカジカの魚卵の醤油漬けのこと。つくり方は、いくらの醤油漬けとほぼ同じですが、味と食味はかなり違います。今回は、ごはんに大量にまぜて頂きました。つまり、このバランスでも全然いけるくらい、脂がさっぱりしているのです。しかも旨味が濃い。そして皮の弾力がすごい。いくらというよりも「とびっこ」に近い感じです。でも、サイズはそれより大きいので、プチプチと弾ける食感の後に、卵液がしみ出してきます。来年もまたきっと食べられますように、とお祈りしました。
「カジカのこっこ」をきっかけに参加させて頂いたこの宴は、浦河町のPR映像の制作に関係する役場の4人が、 休日も関係なく、冨島さんと北村さんをねぎらうために集まったもの。こういうところに役場のみなさんの本気が見えてきます。私のこれからの活動についても、いろいろと応援してもらえそうな感触で、嬉しくなりました。
浦河の四季それぞれをロケしてきた、
浦河町のPR映像は、今回の秋バージョンのロケで全ての撮影を終え、これから全編を編集、今年度中にはリリース予定とのこと。すでに編集済の冬バージョンを見せて頂きましたが、一人の移住者として、これからやってくる浦河の冬が待ち遠しく思えるような映像でした。また、同じように浦河について伝える役割の人間として、私にできること、私がすべきこと、が少しクリアになった気がしました。全編を観たわけではありませんが、このPR映像は、今後、浦河から何かを伝えていこうとする人の助けになってくれるのではないか、と思います。私もリリースを楽しみにしています。
(宮浦宜子)