2012年11月11日日曜日

地域の食と人の出会いの場ーぱんぱかぱんマルシェ

10月16日(火)。札幌から浦河へ向かい、そのまま「ぱんぱかぱん」での集まりへ。来年から、浦河で長期的なプロジェクトをはじめようとしている浦河出身のインテリアデザイナー姉帯さん。同じ浦河で、パン屋を営みながら「ぱんぱかぱんマルシェ(去年までは「ぱんぱかぱんの手づくり市」という名前)」というイベントを10年間続けてきた以西(いさい)さんからは、きっと学べることがあるに違いない、と「ぱんぱかぱんマルシェ」のこれまでついて伺おうという会に同席させて頂きました。集まったのは、姉帯さんのプロジェクトに共感しているメンバー3人と、協議会のメンバー、石黒さん、村下さんと私。

私と「ぱんぱかぱん」の出会い


はじめての浦河でパンを食べながら眺めた海
 浦河のパン屋さん「ぱんぱかぱん」は、私が今年の8月「うらかわ『食』で地域をつなぐ協議会」の研修生の募集を知って浦河に興味を持ち、とにかく自分の目でどんなまちなのか確かめようと訪れた時に、最初に食べた浦河の「食」でした。お店に入る前に驚いたのは、海に面していること。パン屋さんといえば、なんとなく山あいや、まちの中にあるイメージがあります。しかも「ここで、どうぞ」といわんばかりに、海辺にベンチが置いてあるのです。札幌からのドライブの後で、とにかくお腹が空いていた私は、連れてきてくれた村下さんに頼み、ベンチに座って買ったパンにかじりつきました。1個だけのつもりだったのが、止まらずもう1個。美味しいパン屋さんがないと生きていけない私は「ああ、ここに住めば、パンには困らない」と興奮したことを覚えています。

「ぱんぱかぱんマルシェ」のはじまり


多くの人でにぎわう「ぱんぱかぱんマルシェ」
 2012年9月8日(土)、「ぱんぱかぱん」の隣の空き地で「ぱんぱかぱんマルシェ」というマーケットが開かれました。この「ぱんぱかぱんマルシェ」、前年までは「ぱんぱかぱんの手づくり市」という名前で年1回行われていたそうです。15年前に、現在の場所にお店を移してから、手づくりの雑貨をお店に置いてもらえないか、とまちの人から相談されたことをきっかけに、店内での販売と並行して、年に1回、お店の隣の空き地をつかって、手づくり雑貨とパンを販売する「手づくり市」を開くようになったといいます。

 毎年続けていくうち、以西さんの中では、現状の「手づくり市」に満足はしつつも、いつかは、パンの材料として使わせてもらっている、地元の野菜や乳製品などの生産者の方たちも参加する「マルシェ」にしていきたい、という気持ちがふくらんできたそうです。とはいえ、こだわってものをつくっている生産者の方はみんな忙しい。いつか、声をかけたいと思いつつも、なかなかきっかけがつかめないまま何年かが過ぎていきました。

中学生たちとの出会いと新しい展開


 そして今年のこと。浦河第一中学校のひとりの先生が「ぱんぱかぱん」を訪ねてきました。3年生の生徒たちに、浦河における「地域のつながり」について目を向けさせたいと考えていた沼倉先生は、地元のさまざまな食材をパンの材料にしている「ぱんぱかぱん」に注目することで、いろいろなつながりが見えてくるのではないか、という生徒のアイディアを実現させようと思い、以西さんに総合学習への協力をお願いしたのでした。

 「ぱんぱかぱん」で、以西さんのお話と以西さんがつくるパンに出会った中学生たちの関心は、当然のようにパンにつかわれている素材をつくっている人々にも広がっていき、生産者の方々にインタビューをすることになりました。それを知った以西さんは、ついに待っていた「きっかけ」がやってきた、と生産者の方々に「手づくり市」に出店してくれないか、と相談したのです。生産者の方々は、快く出店に賛同してくれました。地域の中学生たちとの出会いをきっかけに、ついに「手づくり市」が「マルシェ」となったのです。

 さらに、中学生たちと「ぱんぱかぱん」の出会いは、もうひとつの新しい展開を生みました。沼倉先生から、ぜひ中学生たちに「マルシェ」のお手伝いをさせて欲しい、という申し出を頂いたのです。30人近くの中学生たちが、それぞれの出店者のブースで、接客をしたり、子どもたちとおもちゃで遊んだり、カメラマンになったり、大活躍したそうです(その様子が日高報知新聞に掲載されています)。以西さん、生産者のみなさん、そして、手づくりの雑貨やおもちゃのつくり手さんたち。中学生の彼らが、こだわりを持ってものづくりをしている、いきいきとした大人たちに、地元で出会ったことは、彼らが将来、どうやって生きていくか、ということを考える時に、ひとつの重要な経験となることでしょう。また、まちの未来を担っていく子どもたちが、興味や関心を持って、自分たちの営みに触れてくれたことに、力をもらった大人たちも多かったのではないかと想像します。

 ひとつの出会いをきっかけに、まちの多様な人を巻き込むことになっていった「ぱんぱかぱんマルシェ」。今年は、例年以上に多くのお客さんが訪れ、また長い時間をそこで過ごし、楽しんでいったと言います。いつか、もっと豊かな場に、という思いを秘めつつ、10年間この場をつくり続けてきた、以西さんの気持ちに、まちが自然に応えてくれた。私には、そんな風に思えます。

海の見える厨房に立つ以西さん
 「ぱんぱかぱん」のパンには、地元浦河、日高、そして北海道の食材がふんだんに使われています。藤田泰蔵農園のスーパーアイコ、キッチンサイド・ファームの平飼い鶏の卵、三協水産の銀聖スモークサーモン、えりもの高橋さんの短角牛日高乳業のバターや生クリーム、道産小麦のハルユタカ、などなど。以西さんは、昔からパンづくりが好きで、お裾分けで頂く、地元の美味しい野菜や乳製品をつかってパンを焼き、集まりの場などに持っていっていたのが、いつの日か本業になってしまった、といいいます。以西さんの、この地の恵みへの感謝と、人との関わりが焼き込まれているような「ぱんぱかぱん」のパンと、「ぱんぱかぱんマルシェ」という場は、とても似ています。人がつくるものは、その人そのものであることに、改めて気付きました。

「マルシェ」はいろいろな可能性を秘めた場


 最後に、以西さんは、この「マルシェ」に、もうひとつ加えたいことがある、ということを話してくれました。もう何年も続いている、地元の小中学生を対象とした「ケーキづくり教室」。そこで、お菓子づくりに楽しさに出会った子どもたちの何人かが「パティシエになりたい!」という夢を持ち、お菓子づくりの勉強をするためにまちをでていきました。心から応援したい、という気持ちを持ちつつも、自分で厨房と店舗を構えて、それを生業にしていくのは、本当に大変なことである現実も、以西さんにはよくわかっています。残念ながら、夢をあきらめてしまった子もいたといいます。

 そんな時に、札幌で出会ったのが、ワゴン車をつかった「移動カフェ」でした。「ああ、これなら小さくても、自分でお店をはじめることができるんじゃないか」。自分の夢を仕事にするひとつの方法として、子どもたちに見せてあげたい、と以西さんは思ったそうです。今年は、残念ながら実現には至らなかったけれど、来年は必ず実現したいと思っている、とのことでした。

 「つくる人」と「つかう人」が直接出会うこと。それは、美味しい食べ物や、素敵な雑貨という「もの」のやりとりだけではなく、「つくる人」のこだわりや生きかたに触れ、あるいは「つかう人」の喜びに触れられる、ということなのだと思います。特になかなか出会う機会のない人々にとっては貴重な場なのではないでしょうか。「つくる人」「つかう人」が、それぞれに思いをはせ、あるいは憧れるような場所になりうる可能性が「マルシェ」にはありそうです。浦河にすでに息づいている「食を通して地域をつなぐ場」として、大きな可能性を秘めていると思いました。来年は、どんな「マルシェ」になるのか、今からとても楽しみになりました。

浦河の食の恵みを味わいながら


嬉しそうにパンの説明をしてくれる以西さん
ここまでの話、以西さんにお願いして用意してもらった軽食(という量をはるかに超えるものでしたが)を頂きながら、伺いました。「一度こういうことをしてみたかったの!」と目を輝かせて、説明してくれたのは、私たちに、地元の食材の美味しさを味わってもらうために考えられたスペシャル・コース。藤田さんのスーパーアイコとその水分だけで焼いたトマトのパン。「ぱんぱかぱん」に住む酵母をつかったパンと普通のイーストをつかったパンの食べくらべ。浦河の小笹養蜂園の4種のはちみつと日高乳業のバターを添えて。新冠のホロシリ牛乳とキッチン・サイドファームの卵をつかったクリームパン。浦河の鮭をつかったクリームシチュー。地元の野菜を塩だけで煮込んだ野菜スープなどなど。


左からアカシア、れんげ、菩提樹、黄金草の蜂蜜
 他にも書ききれないほど、いろいろ用意してくださっていました。とにかく、地元の美味しいものを食べてみて欲しい、という以西さんの思いが伝わってくる「軽食」でした。


「ぱんぱかぱんマルシェ」の素敵な物語と、「ぱんぱかぱん」のパンと地元の食材を、存分に味わえたのは、姉帯さんが「ぱんぱかぱんマルシェ」に興味を持ったことがきっかけでした。そして、その姉帯さんも、来年の夏から、まちの人たちとともに、浦河の魅力を再発見するような、試みを行おうとしています。このような試みが、地元で長く続けられてきたことに、彼女も勇気づけられたのではないかと思います。もちろん、私自身も力を頂いたような気がします。人々のまちへの思いというのは、世代や時間を超えて、連鎖していくんだな、と思った夜でもありました。

(宮浦宜子)