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2013年2月12日火曜日

中山晴奈さんとめぐる「浦河『食』資源ツアー」

1月21日(月)、町内外から60人もの参加者を迎えて、盛況のうちに終了した「食で地域をつなぐ講演会」。講演会の目的は、フードデザイナーである中山晴奈さんの「知」を、浦河の人々と共有したい、ということでしたが、もうひとつの目的は、中山さんに、浦河の「食」について、深く知ってもらう、ということでした。

実は、今回の講演会が実現したきっかけは、中山さん自身が浦河へ関心を持ってくれたことでした。何か浦河と接点を持ってもらえるかも知れないと、10月に東京でお会いして、浦河の食の魅力について話した後に、「仕事ではなくても、一度浦河に行ってみたい」と、中山さんのほうから言ってくださったことから、講演会をして頂くことにつながったのです。

なので、今回は、中山さんに浦河の食にまつわる資源にできるだけ触れてもらえるように、「うらかわ『食』資源ツアー」とでも言えるようなコースを考え、いろいろな場所にお連れし、いろいろな人に会って頂きました。以下、実際のコースをご紹介していきます。

中山さんは19日(土)の昼すぎに浦河に到着しました。まずは、ランチをと、最初にお連れしたのは「(1)ぱんぱかぱん」。穏やかな冬の海の見える窓ぎわに座り、穏やかな海を眺めながら、以西さんが焼くパンとホロシリ牛乳を。お客さんが手みやげに持ってきた越冬キャベツを使ったスープをお裾分け頂くというハプニングまであり、「もしここで、突然東京に帰らなきゃいけなくなっても、満足かも知れない」と思わずもらすほど。

次は、浦河の磯場屋さんへ。「(2)川潟商店」では、前浜で穫れた豊かな魚の品揃えにびっくり。川潟家のご主人、奥さん、息子さんの3人が、中山さんに、かわるがわる魚の話を。中山さんは、海風で干物をつくっていることや、今朝揚がっておろしたばかりのタラの身が、本当につややかなことに驚いていました。その後、お邪魔した「(3)池田鮮魚店」では、魚はほとんど売れてしまっていたのですが、ご主人からこれまで3年続けてきた「(4)磯場屋学校」の話を。

地元では当たり前でも、本州の人にとっては珍しい品揃え
そのあとは「(5)三協水産」へ。網元を継ぐために、東京から戻ってきた小西哲平さんから、北海道の鮭についてや、事業の話をいろいろと。中山さんは、漁業自体の存続が厳しい地域のこともよく知っているので、浦河の漁業が「生きている」ことにとても希望を感じていたようでした。
地域による鮭の特徴の違いをカタログを使って説明
そして、最初の夜は、まずは漁師町の家庭料理をとことん味わってもらうため(6)元割烹旅館のおかみさんの家、塚田家を訪問。中山さんは、はじめて食べた(7)飯寿司の味の複雑さに驚き、たちポン酢(タラの白子)の新鮮さに驚き、地場の魚の豊富さに驚いていました。地元の魚づくしの食卓を囲みながら、もうすぐ80歳になる雅子さんから、今でも浦河に移住してきた塚田家の初代の奥さんが漬けた飯寿司の香りが忘れられないことなど、家の味をつなぐことについての興味深い話を聞くことができました。
はじめての飯寿司体験
2日目の朝、さまざまな飯寿司を漬けているという(8)町のお母さんの家に、お話を伺いに行きました。お母さんの半生、若い頃に山に入殖した頃の話は、中山さんにとってだけではなく、北海道で生まれ育った私や協議会メンバーの小山祥子さんにとっても、心揺さぶられるようなお話でした。山から浦河の町におりてきた後に、見よう見まねでつくりはじめたという飯寿司。サメガレイと秋鮭、ヤマメとイワナをそれぞれ一緒に漬けたものを味見させて頂きました。特にサメガレイは、ほとんどチーズのように思えるような味で、発酵の力のすごさに、衝撃を受けました。

午後は、協議会メンバーである冨岡さんの牧場「(9)リチェズ・ヒルズ」へ。絞ったばかりの牛乳を味見させてもらったり、家畜人工授精士である冨岡さんに、交配についての話を聞かせてもらったりしました。中山さんも、現在乳製品の会社とお仕事をしていることもあり、話が弾みました。
乳牛たちのプロフィールの前で繁殖についてのお話
その後は、牧場の中にあるレストラン「(10)エヤム」でパスタランチ。私たちが最後のお客だったこともあり、仕事を終えた後の小野里さんと、少しの時間、お話することができました。調理に集中できるように、スタッフは全員、身体にぴったりあったエプロンを制服としてオーダーする、という最初の話だけでも、小野里さんの、食に向き合う真摯な気持ちが伝わってくる濃密な時間でした。

浦河の夜、二晩目は、協議会メンバーによる歓迎会を「(11)味処三之助」にて。板前さんの手による、浦河産の新鮮な魚介類を堪能してもらいました。また、日中訪問したリチェズ・ヒルズの冨岡さんは、初乳でしかつくれないという牛乳豆腐を持参して参加。はじめての味わいに中山さんも大興奮でした。
ほっけの背骨までしっかり味わう中山さん
3日目の朝は、「(12)日高中央漁協組合の市場」でセリを見学。市場によっては、部外者の立ち入りができないところもありますが、ここではいつも快く立ち会わせてもらうことができます。昨年デビューした若きセリ人や、仲買人や魚屋さんと直接話をして頂くことができました。

磯場屋さんたちも楽しそうに説明してくれます
浦河町立第一中学校での授業を終えた後は「(13)まさご」へ。短い時間でしたが、地元の食材をつかったオリジナル餃子を開発し、全国をターゲットに販売する、浦河の食の起業家と、情報交換してもらうことができました。

講演会を終えた4日目は、講演会にあわせて浦河を訪れてくれた、私と中山さんの共通の友人、NPO法人ETIC(社会起業家の育成を支援するNPO)の辰巳さんとの3人で、1日自由に過ごしました。乗馬公園で乗馬を楽しんだ後に「(14)CO・CO・A」へ。小中学生の放課後の居場所になっているこのお店にある「食」は駄菓子。何をするともなく、ここにいるという子どもたちのモードが場にしみ込んでいるのか、気付けば大のおとな3人もそれぞれに、雑誌をめくったり、青木さんと話したり、ぼーっとしたり。次は、辰巳さんがぜひ行きたいというので「ぱんぱかぱん」を再訪。ここでもまた海を眺めながら、のんびり。閉館間際に浦河町立郷土博物館と浦河馬事資料館を駆足で観た後、冷えた身体を暖めに「(15)カフェアッシュ」へ。私が打ち合わせで抜けていた間、中山さんと友人は、美味しいコーヒーを飲みながら、リラックスして馬道さんのマンガ・コレクションを読みふけっていました。この1日のことを、辰巳さんは「自分ちのようにくつろいでしまえる空間がつくれる女性が3人もいる町」と後で記してくれました。

数えてみたら15アイテムもあった「浦河『食』資源ツアー」でしたが、まだまだ連れていきたい場所、会わせたい人はたくさんいるのです。今回のツアーをベースにもっと充実させて行きたいです。(宮浦宜子)

*2013/2/13  「まさご」を追加しました。

2012年11月11日日曜日

地域の食と人の出会いの場ーぱんぱかぱんマルシェ

10月16日(火)。札幌から浦河へ向かい、そのまま「ぱんぱかぱん」での集まりへ。来年から、浦河で長期的なプロジェクトをはじめようとしている浦河出身のインテリアデザイナー姉帯さん。同じ浦河で、パン屋を営みながら「ぱんぱかぱんマルシェ(去年までは「ぱんぱかぱんの手づくり市」という名前)」というイベントを10年間続けてきた以西(いさい)さんからは、きっと学べることがあるに違いない、と「ぱんぱかぱんマルシェ」のこれまでついて伺おうという会に同席させて頂きました。集まったのは、姉帯さんのプロジェクトに共感しているメンバー3人と、協議会のメンバー、石黒さん、村下さんと私。

私と「ぱんぱかぱん」の出会い


はじめての浦河でパンを食べながら眺めた海
 浦河のパン屋さん「ぱんぱかぱん」は、私が今年の8月「うらかわ『食』で地域をつなぐ協議会」の研修生の募集を知って浦河に興味を持ち、とにかく自分の目でどんなまちなのか確かめようと訪れた時に、最初に食べた浦河の「食」でした。お店に入る前に驚いたのは、海に面していること。パン屋さんといえば、なんとなく山あいや、まちの中にあるイメージがあります。しかも「ここで、どうぞ」といわんばかりに、海辺にベンチが置いてあるのです。札幌からのドライブの後で、とにかくお腹が空いていた私は、連れてきてくれた村下さんに頼み、ベンチに座って買ったパンにかじりつきました。1個だけのつもりだったのが、止まらずもう1個。美味しいパン屋さんがないと生きていけない私は「ああ、ここに住めば、パンには困らない」と興奮したことを覚えています。

「ぱんぱかぱんマルシェ」のはじまり


多くの人でにぎわう「ぱんぱかぱんマルシェ」
 2012年9月8日(土)、「ぱんぱかぱん」の隣の空き地で「ぱんぱかぱんマルシェ」というマーケットが開かれました。この「ぱんぱかぱんマルシェ」、前年までは「ぱんぱかぱんの手づくり市」という名前で年1回行われていたそうです。15年前に、現在の場所にお店を移してから、手づくりの雑貨をお店に置いてもらえないか、とまちの人から相談されたことをきっかけに、店内での販売と並行して、年に1回、お店の隣の空き地をつかって、手づくり雑貨とパンを販売する「手づくり市」を開くようになったといいます。

 毎年続けていくうち、以西さんの中では、現状の「手づくり市」に満足はしつつも、いつかは、パンの材料として使わせてもらっている、地元の野菜や乳製品などの生産者の方たちも参加する「マルシェ」にしていきたい、という気持ちがふくらんできたそうです。とはいえ、こだわってものをつくっている生産者の方はみんな忙しい。いつか、声をかけたいと思いつつも、なかなかきっかけがつかめないまま何年かが過ぎていきました。

中学生たちとの出会いと新しい展開


 そして今年のこと。浦河第一中学校のひとりの先生が「ぱんぱかぱん」を訪ねてきました。3年生の生徒たちに、浦河における「地域のつながり」について目を向けさせたいと考えていた沼倉先生は、地元のさまざまな食材をパンの材料にしている「ぱんぱかぱん」に注目することで、いろいろなつながりが見えてくるのではないか、という生徒のアイディアを実現させようと思い、以西さんに総合学習への協力をお願いしたのでした。

 「ぱんぱかぱん」で、以西さんのお話と以西さんがつくるパンに出会った中学生たちの関心は、当然のようにパンにつかわれている素材をつくっている人々にも広がっていき、生産者の方々にインタビューをすることになりました。それを知った以西さんは、ついに待っていた「きっかけ」がやってきた、と生産者の方々に「手づくり市」に出店してくれないか、と相談したのです。生産者の方々は、快く出店に賛同してくれました。地域の中学生たちとの出会いをきっかけに、ついに「手づくり市」が「マルシェ」となったのです。

 さらに、中学生たちと「ぱんぱかぱん」の出会いは、もうひとつの新しい展開を生みました。沼倉先生から、ぜひ中学生たちに「マルシェ」のお手伝いをさせて欲しい、という申し出を頂いたのです。30人近くの中学生たちが、それぞれの出店者のブースで、接客をしたり、子どもたちとおもちゃで遊んだり、カメラマンになったり、大活躍したそうです(その様子が日高報知新聞に掲載されています)。以西さん、生産者のみなさん、そして、手づくりの雑貨やおもちゃのつくり手さんたち。中学生の彼らが、こだわりを持ってものづくりをしている、いきいきとした大人たちに、地元で出会ったことは、彼らが将来、どうやって生きていくか、ということを考える時に、ひとつの重要な経験となることでしょう。また、まちの未来を担っていく子どもたちが、興味や関心を持って、自分たちの営みに触れてくれたことに、力をもらった大人たちも多かったのではないかと想像します。

 ひとつの出会いをきっかけに、まちの多様な人を巻き込むことになっていった「ぱんぱかぱんマルシェ」。今年は、例年以上に多くのお客さんが訪れ、また長い時間をそこで過ごし、楽しんでいったと言います。いつか、もっと豊かな場に、という思いを秘めつつ、10年間この場をつくり続けてきた、以西さんの気持ちに、まちが自然に応えてくれた。私には、そんな風に思えます。

海の見える厨房に立つ以西さん
 「ぱんぱかぱん」のパンには、地元浦河、日高、そして北海道の食材がふんだんに使われています。藤田泰蔵農園のスーパーアイコ、キッチンサイド・ファームの平飼い鶏の卵、三協水産の銀聖スモークサーモン、えりもの高橋さんの短角牛、日高乳業のバターや生クリーム、道産小麦のハルユタカ、などなど。以西さんは、昔からパンづくりが好きで、お裾分けで頂く、地元の美味しい野菜や乳製品をつかってパンを焼き、集まりの場などに持っていっていたのが、いつの日か本業になってしまった、といいいます。以西さんの、この地の恵みへの感謝と、人との関わりが焼き込まれているような「ぱんぱかぱん」のパンと、「ぱんぱかぱんマルシェ」という場は、とても似ています。人がつくるものは、その人そのものであることに、改めて気付きました。

「マルシェ」はいろいろな可能性を秘めた場


 最後に、以西さんは、この「マルシェ」に、もうひとつ加えたいことがある、ということを話してくれました。もう何年も続いている、地元の小中学生を対象とした「ケーキづくり教室」。そこで、お菓子づくりに楽しさに出会った子どもたちの何人かが「パティシエになりたい!」という夢を持ち、お菓子づくりの勉強をするためにまちをでていきました。心から応援したい、という気持ちを持ちつつも、自分で厨房と店舗を構えて、それを生業にしていくのは、本当に大変なことである現実も、以西さんにはよくわかっています。残念ながら、夢をあきらめてしまった子もいたといいます。

 そんな時に、札幌で出会ったのが、ワゴン車をつかった「移動カフェ」でした。「ああ、これなら小さくても、自分でお店をはじめることができるんじゃないか」。自分の夢を仕事にするひとつの方法として、子どもたちに見せてあげたい、と以西さんは思ったそうです。今年は、残念ながら実現には至らなかったけれど、来年は必ず実現したいと思っている、とのことでした。

 「つくる人」と「つかう人」が直接出会うこと。それは、美味しい食べ物や、素敵な雑貨という「もの」のやりとりだけではなく、「つくる人」のこだわりや生きかたに触れ、あるいは「つかう人」の喜びに触れられる、ということなのだと思います。特になかなか出会う機会のない人々にとっては貴重な場なのではないでしょうか。「つくる人」「つかう人」が、それぞれに思いをはせ、あるいは憧れるような場所になりうる可能性が「マルシェ」にはありそうです。浦河にすでに息づいている「食を通して地域をつなぐ場」として、大きな可能性を秘めていると思いました。来年は、どんな「マルシェ」になるのか、今からとても楽しみになりました。

浦河の食の恵みを味わいながら


嬉しそうにパンの説明をしてくれる以西さん
ここまでの話、以西さんにお願いして用意してもらった軽食(という量をはるかに超えるものでしたが)を頂きながら、伺いました。「一度こういうことをしてみたかったの!」と目を輝かせて、説明してくれたのは、私たちに、地元の食材の美味しさを味わってもらうために考えられたスペシャル・コース。藤田さんのスーパーアイコとその水分だけで焼いたトマトのパン。「ぱんぱかぱん」に住む酵母をつかったパンと普通のイーストをつかったパンの食べくらべ。浦河の小笹養蜂園の4種のはちみつと日高乳業のバターを添えて。新冠のホロシリ牛乳とキッチン・サイドファームの卵をつかったクリームパン。浦河の鮭をつかったクリームシチュー。地元の野菜を塩だけで煮込んだ野菜スープなどなど。


左からアカシア、れんげ、菩提樹、黄金草の蜂蜜
 他にも書ききれないほど、いろいろ用意してくださっていました。とにかく、地元の美味しいものを食べてみて欲しい、という以西さんの思いが伝わってくる「軽食」でした。


「ぱんぱかぱんマルシェ」の素敵な物語と、「ぱんぱかぱん」のパンと地元の食材を、存分に味わえたのは、姉帯さんが「ぱんぱかぱんマルシェ」に興味を持ったことがきっかけでした。そして、その姉帯さんも、来年の夏から、まちの人たちとともに、浦河の魅力を再発見するような、試みを行おうとしています。このような試みが、地元で長く続けられてきたことに、彼女も勇気づけられたのではないかと思います。もちろん、私自身も力を頂いたような気がします。人々のまちへの思いというのは、世代や時間を超えて、連鎖していくんだな、と思った夜でもありました。

(宮浦宜子)







2012年10月26日金曜日

宴の準備と人々をつなぐ「食」の可能性

 10月12日(金)。朝から、協議会が主催する交流会(兼、私の歓迎会)の準備を。会場は、旧三之助旅館の大広間。三之助旅館は、かつて浦河を訪れるお客さんたちに、地元で採れる新鮮な海の幸を美味しく食べてもらうために、魚の仲買人だったマルセイの祥子さんのお父さんがつくった旅館。なんと浦河港の真ん前にあります。当時は地元の人たちの祝宴などにも使われ、多くの人にとって思い出深い場所とのこと。
厨房に立つ、ベテラン調理人たち
 今は住宅として使っているとはいえ、台所は最大100人の宿泊客の胃袋を満たしたという本格的な厨房。台所好きとしては、かなり盛り上がります。交流会は、参加費500円、一品持ち寄り、飲み物持参という形式でしたが、主催者側でも料理を用意。旅館の元女将の雅子さん(祥子さんのお母さん)を筆頭に、「おかんのおかず弁当」のメインシェフ、おかん(藤本さん)、三之助旅館から生まれ、今もその志を残す「味処三之助」の若女将をやっていたこともある祥子さん、という強力な布陣のもと、私は「洗い場」担当として、ひたすら鍋や食器を洗っておりました。

すすぐ水に注目
 雅子さんの担当は「さんまの煮付け」と「鮭汁」。「さんまの煮付け」は、先日の「おかんのおかず弁当」にも登場し、私もお裾分けを頂きましたが、おそらく人生で一番美味しい「さんまの煮付け」でした。その秘密を探るべく、私は洗い場と調理台を往復しながら、調理を記録。美味しい「さんまの煮付け」の秘密のひとつは、おそらくこの徹底した「そうじ(下準備)」にあります。すすぐ水が全く濁らないほど、丁寧に内臓などを取り除くのです。美味しいものをつくるには、それだけの時間がかかるということなのですね。












足台に乗って巨大鍋の様子を見る雅子さん
「鮭汁」は、同じ鮭を使ったものでも「石狩鍋」とは違って、調理場で仕上げて提供するもの。 使った鮭は、日高が誇る天然秋鮭「銀聖」を浦河で水揚げする網元「三協水産」の跡取り、小西さんからの「一品持ち寄り」。鮭一尾を持ち寄るというのも豪勢です。これを、巨大鍋で調理。浦河ではいろいろスケールが違います。















卵を40個むいたのは人生初
私も少しは調理のお手伝いを。協議会メンバーで養鶏を手がける「キッチンサイドファーム」の櫻井さんの「一品持ち寄り」は、平飼い鶏の卵40個。これは茹でて味噌漬けに。きれいにむけていないのは、私の不器用さではなく、あまりに新鮮なせいですので、あしからず。

夕方からは、お客様を迎えるため、普段は洗濯物干場と化している大広間を整えます。私はここが旅館だった頃を残念ながら知りません。でも、お誘いした方たちに交流会の会場が旧三之助旅館の大広間であることをお伝えするたび、みなさんの顔がぱっと明るくなるのを見てきたので、浦河の人たちにとって大切な場所なんだと、掃除にも気合いが入ります。








交流会では七味の瓶をマイクにリレー方式で自己紹介
朝からの怒濤のような準備を終え、6時半すぎからお客様をお出迎え。
みなさんが、手に手に自分の一品を持って広間に入ってくる様子は、とても素敵です。持ち寄り品を置くテーブルは、あふれんばかりの浦河の食の饗宴(バタバタしていて写真を撮り逃してしまったけれど)。
 今回、会場の広さから、泣く泣く絞り込んで集まって頂いた参加者は、漁業家、野菜農家、酪農家、養鶏家、飲食店主、高校養護教諭、中学教諭、図書館長、社会福祉協議会職員、映画館主、浦河への移住者(美容室経営者とその家族、アメリカ人英会話講師とその奥さん)、そして役場の食や観光、移住に関わる職員などなど。さらには、浦河出身の映画監督、田中光敏さん監修のもと役場が制作中の浦河町PR映像の撮影に訪れていたクルーも飛び入りで。

 この交流会では、初めて顔を合わせたという方も多くいらっしゃって、これだけ多様な領域の人々が関わりうる「食」というものの底力をあらためて実感しました。
その一方で、やはりこの光景は、どのまちでも見られるわけではないのだろうな、ということも同時に思いました。協議会の代表である直さんと祥子さんが、これまで少しずつ築いてきた関係と、まちの人々のオープンさ、そしてここにある「豊かな食」あってのものだと。
私もここでまた、いろいろな方と出会い、次につなげていけそうな話をたくさんすることができました。半年で実現しきれるか?というくらい。これからが本当に楽しみです。
(宮浦宜子)