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2013年12月6日金曜日

【レポート】地域デザインカフェ Vol.12 ~日高の食材でつくるT(たまご)・K(かけ)・G(ごはん)!!~ 

 

第12回 地域デザインカフェ

~「日高の食材でつくるT(たまご)・K(かけ)・G(ごはん)!」~


今年の1月からスタートした 『地域デザインカフェ』 も、今月で12回!
12回の節目はどんな企画にしようかと悩んでいた時に流れてきたのが、「T・K・G」が楽しかったという話でした。「T・K・G」って?…
洒落たネーミングですが、どうやら 「卵かけごはん」 のことでした。
なるほど。「T(たまご)・K(かけ)・G(ごはん)」 笑!!

地場産の食材にこだわった卵かけごはんの夕食パーティを、若い運営メンバーたちが仲間同士でワイワイと楽しんだというのです。いいね~!今回はそれでいこう!

満足な告知もせず、師走の忙しい時期の開催とあって参加が心配でしたが、当日のにぎわいぶりにびっくり!なんと、30名ほどの参加者の皆さんと一緒に、卵かけご飯をたのしみました。
ご飯は「浦河産の特別栽培米」、卵は私たち協議会メンバーの一人、キッチンサイドファームの「幸せの卵」を贅沢に使用。そして醤油も、昆布大使のあらパパこと荒井孝幸さんが特製のオリジナルブレンド醤油を用意してくれました。
卵はご飯の上に直接のせる?のせない?混ぜた卵に醤油を入れてから?入れないで?ごはんにかかる卵はしっかり混ぜる?混ぜない?卵からご飯にトッピングはのせる?のせない?白身が嫌なので黄身だけで? それぞれの食べ方で準備して、30名の参加者全員で「いただきま~す!」
あらパパも、醤油に漬け込んだ焙煎昆布やキノコなどの説明と人気だった昆布塩の作り方をその場で実演!『視て、嗅いで、聴いて、触って、味わって!』と、参加された方の五感を最大限に刺激することができて超マンゾク!

そうそう。実は、卵かけご飯の他に汁物もこっそり用意。浦河尽くしの食材にこだわって作った、シンプルですが完璧なタラの潮汁を、あつあつの状態で参加されたみなさんに召し上がっていただきました。

(あらパパの『こんぶログ』(ヤフーブログ)より許可を得て抜粋転載)

寂しいイメージの強かった卵掛けごはんでしたが、みんなで食べるとこんなに美味しくて楽しい食卓になるとは・・・と、みんなもびっくり!楽しいデザインカフェとなりました。また今度、みんなで楽しく集まって食べるデザインカフェがあってもいいですね。

(協力) 「こんぶログ」の 『あらパパ』 こと 昆布大使 荒井孝幸さん
       こんぶログ http://blogs.yahoo.co.jp/arachin0

(協議会メンバー:小山祥子)




2012年11月11日日曜日

地域の食と人の出会いの場ーぱんぱかぱんマルシェ

10月16日(火)。札幌から浦河へ向かい、そのまま「ぱんぱかぱん」での集まりへ。来年から、浦河で長期的なプロジェクトをはじめようとしている浦河出身のインテリアデザイナー姉帯さん。同じ浦河で、パン屋を営みながら「ぱんぱかぱんマルシェ(去年までは「ぱんぱかぱんの手づくり市」という名前)」というイベントを10年間続けてきた以西(いさい)さんからは、きっと学べることがあるに違いない、と「ぱんぱかぱんマルシェ」のこれまでついて伺おうという会に同席させて頂きました。集まったのは、姉帯さんのプロジェクトに共感しているメンバー3人と、協議会のメンバー、石黒さん、村下さんと私。

私と「ぱんぱかぱん」の出会い


はじめての浦河でパンを食べながら眺めた海
 浦河のパン屋さん「ぱんぱかぱん」は、私が今年の8月「うらかわ『食』で地域をつなぐ協議会」の研修生の募集を知って浦河に興味を持ち、とにかく自分の目でどんなまちなのか確かめようと訪れた時に、最初に食べた浦河の「食」でした。お店に入る前に驚いたのは、海に面していること。パン屋さんといえば、なんとなく山あいや、まちの中にあるイメージがあります。しかも「ここで、どうぞ」といわんばかりに、海辺にベンチが置いてあるのです。札幌からのドライブの後で、とにかくお腹が空いていた私は、連れてきてくれた村下さんに頼み、ベンチに座って買ったパンにかじりつきました。1個だけのつもりだったのが、止まらずもう1個。美味しいパン屋さんがないと生きていけない私は「ああ、ここに住めば、パンには困らない」と興奮したことを覚えています。

「ぱんぱかぱんマルシェ」のはじまり


多くの人でにぎわう「ぱんぱかぱんマルシェ」
 2012年9月8日(土)、「ぱんぱかぱん」の隣の空き地で「ぱんぱかぱんマルシェ」というマーケットが開かれました。この「ぱんぱかぱんマルシェ」、前年までは「ぱんぱかぱんの手づくり市」という名前で年1回行われていたそうです。15年前に、現在の場所にお店を移してから、手づくりの雑貨をお店に置いてもらえないか、とまちの人から相談されたことをきっかけに、店内での販売と並行して、年に1回、お店の隣の空き地をつかって、手づくり雑貨とパンを販売する「手づくり市」を開くようになったといいます。

 毎年続けていくうち、以西さんの中では、現状の「手づくり市」に満足はしつつも、いつかは、パンの材料として使わせてもらっている、地元の野菜や乳製品などの生産者の方たちも参加する「マルシェ」にしていきたい、という気持ちがふくらんできたそうです。とはいえ、こだわってものをつくっている生産者の方はみんな忙しい。いつか、声をかけたいと思いつつも、なかなかきっかけがつかめないまま何年かが過ぎていきました。

中学生たちとの出会いと新しい展開


 そして今年のこと。浦河第一中学校のひとりの先生が「ぱんぱかぱん」を訪ねてきました。3年生の生徒たちに、浦河における「地域のつながり」について目を向けさせたいと考えていた沼倉先生は、地元のさまざまな食材をパンの材料にしている「ぱんぱかぱん」に注目することで、いろいろなつながりが見えてくるのではないか、という生徒のアイディアを実現させようと思い、以西さんに総合学習への協力をお願いしたのでした。

 「ぱんぱかぱん」で、以西さんのお話と以西さんがつくるパンに出会った中学生たちの関心は、当然のようにパンにつかわれている素材をつくっている人々にも広がっていき、生産者の方々にインタビューをすることになりました。それを知った以西さんは、ついに待っていた「きっかけ」がやってきた、と生産者の方々に「手づくり市」に出店してくれないか、と相談したのです。生産者の方々は、快く出店に賛同してくれました。地域の中学生たちとの出会いをきっかけに、ついに「手づくり市」が「マルシェ」となったのです。

 さらに、中学生たちと「ぱんぱかぱん」の出会いは、もうひとつの新しい展開を生みました。沼倉先生から、ぜひ中学生たちに「マルシェ」のお手伝いをさせて欲しい、という申し出を頂いたのです。30人近くの中学生たちが、それぞれの出店者のブースで、接客をしたり、子どもたちとおもちゃで遊んだり、カメラマンになったり、大活躍したそうです(その様子が日高報知新聞に掲載されています)。以西さん、生産者のみなさん、そして、手づくりの雑貨やおもちゃのつくり手さんたち。中学生の彼らが、こだわりを持ってものづくりをしている、いきいきとした大人たちに、地元で出会ったことは、彼らが将来、どうやって生きていくか、ということを考える時に、ひとつの重要な経験となることでしょう。また、まちの未来を担っていく子どもたちが、興味や関心を持って、自分たちの営みに触れてくれたことに、力をもらった大人たちも多かったのではないかと想像します。

 ひとつの出会いをきっかけに、まちの多様な人を巻き込むことになっていった「ぱんぱかぱんマルシェ」。今年は、例年以上に多くのお客さんが訪れ、また長い時間をそこで過ごし、楽しんでいったと言います。いつか、もっと豊かな場に、という思いを秘めつつ、10年間この場をつくり続けてきた、以西さんの気持ちに、まちが自然に応えてくれた。私には、そんな風に思えます。

海の見える厨房に立つ以西さん
 「ぱんぱかぱん」のパンには、地元浦河、日高、そして北海道の食材がふんだんに使われています。藤田泰蔵農園のスーパーアイコ、キッチンサイド・ファームの平飼い鶏の卵、三協水産の銀聖スモークサーモン、えりもの高橋さんの短角牛、日高乳業のバターや生クリーム、道産小麦のハルユタカ、などなど。以西さんは、昔からパンづくりが好きで、お裾分けで頂く、地元の美味しい野菜や乳製品をつかってパンを焼き、集まりの場などに持っていっていたのが、いつの日か本業になってしまった、といいいます。以西さんの、この地の恵みへの感謝と、人との関わりが焼き込まれているような「ぱんぱかぱん」のパンと、「ぱんぱかぱんマルシェ」という場は、とても似ています。人がつくるものは、その人そのものであることに、改めて気付きました。

「マルシェ」はいろいろな可能性を秘めた場


 最後に、以西さんは、この「マルシェ」に、もうひとつ加えたいことがある、ということを話してくれました。もう何年も続いている、地元の小中学生を対象とした「ケーキづくり教室」。そこで、お菓子づくりに楽しさに出会った子どもたちの何人かが「パティシエになりたい!」という夢を持ち、お菓子づくりの勉強をするためにまちをでていきました。心から応援したい、という気持ちを持ちつつも、自分で厨房と店舗を構えて、それを生業にしていくのは、本当に大変なことである現実も、以西さんにはよくわかっています。残念ながら、夢をあきらめてしまった子もいたといいます。

 そんな時に、札幌で出会ったのが、ワゴン車をつかった「移動カフェ」でした。「ああ、これなら小さくても、自分でお店をはじめることができるんじゃないか」。自分の夢を仕事にするひとつの方法として、子どもたちに見せてあげたい、と以西さんは思ったそうです。今年は、残念ながら実現には至らなかったけれど、来年は必ず実現したいと思っている、とのことでした。

 「つくる人」と「つかう人」が直接出会うこと。それは、美味しい食べ物や、素敵な雑貨という「もの」のやりとりだけではなく、「つくる人」のこだわりや生きかたに触れ、あるいは「つかう人」の喜びに触れられる、ということなのだと思います。特になかなか出会う機会のない人々にとっては貴重な場なのではないでしょうか。「つくる人」「つかう人」が、それぞれに思いをはせ、あるいは憧れるような場所になりうる可能性が「マルシェ」にはありそうです。浦河にすでに息づいている「食を通して地域をつなぐ場」として、大きな可能性を秘めていると思いました。来年は、どんな「マルシェ」になるのか、今からとても楽しみになりました。

浦河の食の恵みを味わいながら


嬉しそうにパンの説明をしてくれる以西さん
ここまでの話、以西さんにお願いして用意してもらった軽食(という量をはるかに超えるものでしたが)を頂きながら、伺いました。「一度こういうことをしてみたかったの!」と目を輝かせて、説明してくれたのは、私たちに、地元の食材の美味しさを味わってもらうために考えられたスペシャル・コース。藤田さんのスーパーアイコとその水分だけで焼いたトマトのパン。「ぱんぱかぱん」に住む酵母をつかったパンと普通のイーストをつかったパンの食べくらべ。浦河の小笹養蜂園の4種のはちみつと日高乳業のバターを添えて。新冠のホロシリ牛乳とキッチン・サイドファームの卵をつかったクリームパン。浦河の鮭をつかったクリームシチュー。地元の野菜を塩だけで煮込んだ野菜スープなどなど。


左からアカシア、れんげ、菩提樹、黄金草の蜂蜜
 他にも書ききれないほど、いろいろ用意してくださっていました。とにかく、地元の美味しいものを食べてみて欲しい、という以西さんの思いが伝わってくる「軽食」でした。


「ぱんぱかぱんマルシェ」の素敵な物語と、「ぱんぱかぱん」のパンと地元の食材を、存分に味わえたのは、姉帯さんが「ぱんぱかぱんマルシェ」に興味を持ったことがきっかけでした。そして、その姉帯さんも、来年の夏から、まちの人たちとともに、浦河の魅力を再発見するような、試みを行おうとしています。このような試みが、地元で長く続けられてきたことに、彼女も勇気づけられたのではないかと思います。もちろん、私自身も力を頂いたような気がします。人々のまちへの思いというのは、世代や時間を超えて、連鎖していくんだな、と思った夜でもありました。

(宮浦宜子)







2012年10月26日金曜日

宴の準備と人々をつなぐ「食」の可能性

 10月12日(金)。朝から、協議会が主催する交流会(兼、私の歓迎会)の準備を。会場は、旧三之助旅館の大広間。三之助旅館は、かつて浦河を訪れるお客さんたちに、地元で採れる新鮮な海の幸を美味しく食べてもらうために、魚の仲買人だったマルセイの祥子さんのお父さんがつくった旅館。なんと浦河港の真ん前にあります。当時は地元の人たちの祝宴などにも使われ、多くの人にとって思い出深い場所とのこと。
厨房に立つ、ベテラン調理人たち
 今は住宅として使っているとはいえ、台所は最大100人の宿泊客の胃袋を満たしたという本格的な厨房。台所好きとしては、かなり盛り上がります。交流会は、参加費500円、一品持ち寄り、飲み物持参という形式でしたが、主催者側でも料理を用意。旅館の元女将の雅子さん(祥子さんのお母さん)を筆頭に、「おかんのおかず弁当」のメインシェフ、おかん(藤本さん)、三之助旅館から生まれ、今もその志を残す「味処三之助」の若女将をやっていたこともある祥子さん、という強力な布陣のもと、私は「洗い場」担当として、ひたすら鍋や食器を洗っておりました。

すすぐ水に注目
 雅子さんの担当は「さんまの煮付け」と「鮭汁」。「さんまの煮付け」は、先日の「おかんのおかず弁当」にも登場し、私もお裾分けを頂きましたが、おそらく人生で一番美味しい「さんまの煮付け」でした。その秘密を探るべく、私は洗い場と調理台を往復しながら、調理を記録。美味しい「さんまの煮付け」の秘密のひとつは、おそらくこの徹底した「そうじ(下準備)」にあります。すすぐ水が全く濁らないほど、丁寧に内臓などを取り除くのです。美味しいものをつくるには、それだけの時間がかかるということなのですね。












足台に乗って巨大鍋の様子を見る雅子さん
「鮭汁」は、同じ鮭を使ったものでも「石狩鍋」とは違って、調理場で仕上げて提供するもの。 使った鮭は、日高が誇る天然秋鮭「銀聖」を浦河で水揚げする網元「三協水産」の跡取り、小西さんからの「一品持ち寄り」。鮭一尾を持ち寄るというのも豪勢です。これを、巨大鍋で調理。浦河ではいろいろスケールが違います。















卵を40個むいたのは人生初
私も少しは調理のお手伝いを。協議会メンバーで養鶏を手がける「キッチンサイドファーム」の櫻井さんの「一品持ち寄り」は、平飼い鶏の卵40個。これは茹でて味噌漬けに。きれいにむけていないのは、私の不器用さではなく、あまりに新鮮なせいですので、あしからず。

夕方からは、お客様を迎えるため、普段は洗濯物干場と化している大広間を整えます。私はここが旅館だった頃を残念ながら知りません。でも、お誘いした方たちに交流会の会場が旧三之助旅館の大広間であることをお伝えするたび、みなさんの顔がぱっと明るくなるのを見てきたので、浦河の人たちにとって大切な場所なんだと、掃除にも気合いが入ります。








交流会では七味の瓶をマイクにリレー方式で自己紹介
朝からの怒濤のような準備を終え、6時半すぎからお客様をお出迎え。
みなさんが、手に手に自分の一品を持って広間に入ってくる様子は、とても素敵です。持ち寄り品を置くテーブルは、あふれんばかりの浦河の食の饗宴(バタバタしていて写真を撮り逃してしまったけれど)。
 今回、会場の広さから、泣く泣く絞り込んで集まって頂いた参加者は、漁業家、野菜農家、酪農家、養鶏家、飲食店主、高校養護教諭、中学教諭、図書館長、社会福祉協議会職員、映画館主、浦河への移住者(美容室経営者とその家族、アメリカ人英会話講師とその奥さん)、そして役場の食や観光、移住に関わる職員などなど。さらには、浦河出身の映画監督、田中光敏さん監修のもと役場が制作中の浦河町PR映像の撮影に訪れていたクルーも飛び入りで。

 この交流会では、初めて顔を合わせたという方も多くいらっしゃって、これだけ多様な領域の人々が関わりうる「食」というものの底力をあらためて実感しました。
その一方で、やはりこの光景は、どのまちでも見られるわけではないのだろうな、ということも同時に思いました。協議会の代表である直さんと祥子さんが、これまで少しずつ築いてきた関係と、まちの人々のオープンさ、そしてここにある「豊かな食」あってのものだと。
私もここでまた、いろいろな方と出会い、次につなげていけそうな話をたくさんすることができました。半年で実現しきれるか?というくらい。これからが本当に楽しみです。
(宮浦宜子)